かじかのつぶやき

絵を描き 写真を撮り 本を読み 猫と遊ぶ ときどきお仕事な日々。。。

森と暮らすモリ

梅雨どきの雨が上がると、
庭や裏山の木々が一段と色濃く見えて来ます。
花も草も息をするように伸びて行き、
そこに集う虫たちも増えて行きます。

縁側の窓や玄関は、在宅時は開け放しているので猫は外と内を行き来放題、虫も出たり入ったり。

田舎の暮らしでは当たり前の光景で、
それを別段何とも思わないし、
時には蚊が入って来て困るくらい。

夜になると、
時折網戸に大きなキリギリスやウマオイ、アブラゼミやカミキリムシが張り付いてたり。

都会から来る人は「良い所ですねえ」とおっしゃる。

正直、どこが良い所なのかちっとも判らない。
大雨が降れば土砂崩れの危険地域はあるし、
大雪が降れば陸の孤島と化してしまうし、とっても寒い。
コンビニは一番近くても車で15分。
電車は1本乗り遅れたら、次は30分以上待つ事も。

ああ。都会で暮らしたい。
森も山も要らん。あたしゃ花粉症。毎年大変。

・・・そんな風に思っている私です。

でも、今は少しだけ、我が家の周りの濃い緑がいとおしくなって居ます。

それは、ある映画を観たからです。


映画『モリのいる場所』予告編

この映画は、行きつけの美容院店長さんの幼なじみである映画監督・沖田修一さんの作品です。
春未だ浅い時期に髪を切りに行った際、店長さんから沖田監督の新作がもうじき公開だと教えられました。

実在した画家・熊谷守一が後半生の大半を過ごした、豊島区の邸宅での1日を映画化したもので、朝から夜まで、ひっきりなしに色んな人が訪れ、去り、ご飯を食べ、碁を打ち、庭に生きるモノ達を観察し、日が暮れて行きます。

30年間、自宅の庭から一歩も出る事なく、庭に溢れる命のきらめきを見つめ続けた老画家の姿を、沖田監督がユーモアと愛情を込めて描き出しました。

沖田監督と言えば、
南極料理人」が大ヒットしましたっけね。私も大好きな映画です。


南極料理人 (プレビュー)
↑のこの映画でも、食事のシーンがとってもほっこりしてお腹が空いてくるけれど、
モリのいる場所」も食事シーンでお腹好きます♪
七輪で焼いたアジの開き。
歯が無い「モリ」は、お味噌汁の油揚げをハサミで細かく切り、
ウィンナーソーセージは、プライヤー(油絵のキャンバスを張るのに使うペンチの親玉みたいなヤツ)で潰す←汁が飛び散るのを、秀子と美恵は無言で避ける←ここ笑うとこw

お昼のうどんを茹でてる所に、ご近所の奥さんが「カレーが余った」と言って持ってくる←カレーうどんになる←ツルツルして食べにくいので「モリ」には不評w

 

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モリのいる場所」を観る為に、本当に久しぶりに渋谷の街を歩きました。
学生時代から何度か歩いた街だけれど、未だにどこに何があるのか、地図が頭に入って行かない・・・
ハチ公口は何とか行けそうだけど、モアイとかバスターミナルがある所とかどうやって行くのか今も判ってない・・・

でも今は、GoogleMapという強い味方(笑)がいるので、散々検索して映画館「ユーロスペース」までの道順を覚えましたよ!

覚えました、けど・・・・・・


道玄坂
あのダラダラした傾斜の坂道はオバサンの足に堪えた(笑)
運動不足を実感したよ全く・・・歩かないとダメだなアタシ。

そんでもって、

「ユーロスペース」って映画館は、その昔、映画を観る為に買っていた「ぴあ」によく掲載されていた映画館で、ヨーロッパやアジアの芸術性の高い上質な映画を上映する、憧れ(と言うかちょっとハードル高そう)な映画館でした。

モリのいる場所」はそこで上映しています。もちろん他でも上映していますが、その日一番手っ取り早く観られる時間帯で上映中だったのが、ユーロスペースでした。

でもさー、

そんな憧れの映画館がさー、

ラブホに囲まれた場所に建ってるのを見た時は、なんかこう、時代の波、と言うか風向きが変わったのかなって言うのを感じましたわよ。。

それもまた、渋谷という街らしいのかな。

で、初ユーロスペース!ちょっとドキドキしましたよw

上映時間まで少し間があったので、1階にあるカフェで軽く食事。


とってもオサレなCAFE9。
本棚に並べられた書籍や雑貨はちょっとマニアックだけどカフェや映画館の佇まいにマッチしている、というか、それらしい、というか。

コーヒーが美味しかった-。映画のついでじゃなくまた来てみたい。
(映画のチケットを提示すると50円引きになりますよ)

上映時間が迫り、劇場へ。

☆あらすじ☆

画家・熊谷守一【モリ】は妻の秀子と二人暮らし。家事を手伝う姪の美恵と共に朝ご飯を食べ、草木が生い茂る庭を眺めて過ごす日々を30年続けて来た。
熊谷夫妻の元には、近所のオジサンや画商、建設作業員に肉屋、モリに一筆描いてもらいたい温泉宿の営業、熊谷家の真ん前にマンション建設を計画する社長、モリの姿を写真に収める為に通ってくるカメラマンなどが次から次へとやって来たり、文化勲章を授与すると言う役人から電話が来たり、それはもう慌ただしく濃密で愉快な時間が流れて行く。

物語の舞台は、豊島区にあったと言う熊谷家。そこで始まり、終わる。
日がな一日、切り株を行き来するアリを眺め、
洞穴に作った池で泳ぐ魚を見つめ、
アゲハチョウを目で追い、
地面に筵を敷いて仰向けに横たわり、空を見上げる。

木々の葉は生い茂り、草花は根を伸ばして増え、
まるで生き物の様に「呼吸」する庭。

造園関係の仕事をしていると、熊谷家の庭はすぐにも伐採・剪定・草刈り・除草作業が必要な物件だと思えますが、それをやってしまったらモリの世界は崩れてしまいます。

そのままの自然。手つかずの空間。
それこそが、モリの生きる世界です。

何と美しくて贅沢な場所だろうか。
私はそこで暮らして見たいと思いました。
同じ絵を描く人として、スケッチブックと鉛筆を持って、庭の隅に座っていたい。
上映中、何度もそれを思いました。
※モリは昼間は絵を描かず、夜になってアトリエで描いていたようです。

熊谷守一という画家については、名前だけは知っていましたが、どんな絵を描いて来たか、どんな生涯を送ったのかは殆ど知らないままでした。
(と言うか私は古今東西の画家を知らなすぎるのよね(^_^;)絵を描く身でありながら)

自然の中に美しさと不思議さを見いだした生涯は私も見習わねば。
自分が生まれ育った家は、熊谷家同様木々や草花が溢れる場所です。
映画を観た事で、自分の身の回りの自然の豊かさに改めて気づかされました。
庭の木や草花にもっと親しもう。そう、思わせてくれる作品でした。

それにしても、
全身に悪性腫瘍を抱える樹木希林さん、映画の中ではよく働く元気なお婆さん役を演じていらっしゃいます。
撮影は肉体労働でもあるから、どうか無理をせずお身体を大事にして過ごされる事を切に願います。

両手に杖を持ち、よたよたと歩く90歳超のモリを、山崎努さんが熱演。
「キツツキの詩」でもインパクトのある役柄を見事に演じて来られたので、山崎さんの演じる熊谷守一は本当に適役だと思いました。


私がスキだなーと思ったのは、熊谷守一を「モリ」と呼ぶ姪の美恵を演じた池谷のぶえさん。
今期朝ドラでヒロインの幼なじみ・菜生ちゃんのお母さんを演じていますが、イイ感じの天然キャラな美恵が実に光っています(笑)
こういうオバチャンが近所にいたら楽しいだろうなあ♪(ちょっと面倒くさいけどw)


劇中、ドリフのコントが「再現」されて笑えますw
そこで金だらい落とすんか!wwwってシーンが良い!劇場内でも笑いが起こりましたw

三上博史の「謎の男」や冒頭に登場する昭和天皇役の林与一さんも、登場時間は本当に短いのですが、光っていました。

DVDが出たら是非とも買いたいです。
というか、もう一度観に行きたい♪

大変面白かったです!☆☆☆☆☆

「好き」から拓ける

先日、世界堂で紙を色々物色して来ました。
普段はVIFART(ヴィフアール)というmarumanの水彩紙を多用していて、
細かい描写には青い表紙の細目、ラフな描き方の時は緑の表紙の中目を使っているのですが、久々にフランス産のCanson(キャンソン)と、国産のホワイトワトソンを購入。

キャンソンは、パステル画を描いていた時に黒や濃いグレー、ブルー、茶色の全紙判を何度も使いましたが、輸入されなくなってからはやや粗目のマーメイド紙を使う様になりました。
キャンソンより安価で幾分サイズが大きいマーメイド紙と仲良くするにはちょっと時間を要しました。

色鉛筆画がメインになった今は、マーメイドもキャンソンも疎遠になっていました。

全紙判の販売は無くなっても、白地のポストカード判は今でも普通に手に入るので久しぶりに買ってみましたが、やっぱり、パステル向きの紙質ですね。
色鉛筆でも十分に使えますが、紙質はちょっと硬い感じゆえ、まだ慣れない。

2年ほど前、
母に暑中見舞いを書きたいのでハガキに添える絵を描いてくれと頼まれ、
チャチャッと描いてみたのを思い出し、今年もちょっと描いて置こうかな、と。
で、まずはホワイトワトソン。

ホワイトワトソンは紙面に柔らかみがあって、色鉛筆の芯がどんどん丸くなる。
削っては描き、また削り・・・を繰り返しながら塗って行く。
厚めに塗り込む描き方が向いてるような・・・気がするw

10年くらい前に描いたのは、ホワイトじゃないワトソン紙とミューズのマットサンダース紙。

色々使って見たけど、やっぱりワトソンは良いな。
カッターで尖らせた色鉛筆の芯を、紙上に滑らせる時の心地よさが違う。

VIFARTも描きやすいけどね。

絵を描くのに、どんな紙を使うかは確かに大事だけれど、

1番大事なのは、モチーフへの愛情だと思います。
好きだな、愛おしいな、と思えるものを描く事は、
絵が上達する為の近道かもしれません。

都内某所で色鉛筆画をご指導していますが、
好きなものを描いている人は、格段に上達が早い気がします。
お孫さんや愛犬・愛猫。庭に咲く大切な花々。大好物の果物や野菜。
愛して止まないものへの思いが、美しい絵に仕上げる為のスパイスになっているのは間違いないと思います。

とは言え、大好きな物でもあんまり上達しないケースもありますが。
それは多分、キレイに描かねば、美しく仕上げねば、と言う思い入れが重すぎるのかもしれませんね。
ワクワクしながら楽しんで描くこと。
勉強も同じかな、
楽しめたもん勝ちじゃないかしらね。



そう言いつつ、
私自身が楽しんで描く事をしなくなっているのに気づいたので、
久しぶりに小品を描き溜めてみようと思います。


思い出せワクワクを!
楽しむのだお絵描きを!

どうなります事やらw

季節は巡る・・・

久々の更新です!

前回、愛猫ふうちゃんの旅立ちを綴り、それから2ヶ月・・・

ペットロスで打ちひしがれていた訳じゃーありませんよ。

 

ただ単に、ネタが無かっただけでございます(^◇^;)

飼い主の人間はそこそこ元気に暮らしております。

いつも傍らにいた猫はいないけれど。



私の日常は、平日はハタチの頃からお世話になっている某事務所で仕事をし、
火曜日はお休みを頂いて恵比寿で絵の指導をしたり、
仲良しの友人達と会ったり、
身体のメンテナンスで二子玉川鍼灸院や池袋の整体院に通うなどしています。
甲状腺の機能が低下する病気を持っているので、6週間に1度、専門病院を受診しています。
膝関節を傷めたので、週に2日ほど退社後に接骨院にも通っております。

 

半世紀以上生きていると、あちこち劣化するもんです。。。

それから、不定期ですが、月に1度、市内のCaféで色鉛筆によるお絵描き教室を開催しています(定員6名のケーキセット付き色鉛筆画教室です)。

 

そんな感じの日々で、まぁ、色々ありますが、元気です。

頑張らず、出来る範囲で、ほのぼのと。

今の私の座右の銘ですw

あれこれとやらなきゃ、しなければならない、しておかねば、など、
自分に色々ノルマを背負わせる様な生き方をするのはやめました。

それを「逃げ」「怠け」と言う人もいるかもしれないけど、ご自由に。

静かに空を眺めているだけで、
そこはかとなく楽しめる様になったのは、歳のせいかもしれませんねw

自分を楽しませるのも自分、傷つけるのも自分だと気づいたのも、歳のせいかなw

誰かに何かを言われて、
凹んだりムカッとしたりヘナヘナと萎れるのは、
その人にそんな気持ちにさせられたんじゃない。
自分が自分で凹んでるだけなんだ、と気づいたら、他人の事が気にならなくなりました。

言葉なんて、受け取り方次第でどうにでもなるもんなのだなあ。
「大根足」と言われて、
太い事を言われたんだと思って傷つくか、
色が白い事を褒められたと思って喜ぶかは、自分次第。
おめでたいヤツと言われたら「365日吉日だからHappy♪Happy」と返せるくらいになりたいですなw

そんな話を、
いつも会社に来る営業さんと話して大笑いしてましたw

でも、能天気ばかりでもないです。
興味の無い事、好きじゃ無い人や物はスルー。
ストレス溜めない為に、自分を大事にする為に、距離を置く。

あんまり器用に社会を渡り歩けるタイプじゃないから、
苦手な所は通らないようにするのです。
一匹狼みたいなところあるけど、群れの中より1人でいる方が楽。
(なのでSNSのグループは自分からは入りません)

そうやって、日々を平穏に過ごす事が、幸せだと思っています。

私の事をタフとか強いとか仰る方もたまにいらっしゃるけど、
とんでもない。私は強い人間じゃない。
弱いから、なるべくダメージを食らわないように、安全地帯から出て来ないだけ。
痛い目に遭わないように工夫しているだけの事です。

ホントに強い人ってのは、そんなに居ないと思います。
誰かに何か言われたとか嫌な思いしたとか、他人の事を批判しない。
そんな事で、心が折れたり、怒りに震えたりしないから。
スルーして気にも留めない。そして、
強さと優しさは表裏一体。強い人は心から優しく温かい。

そういう人間になれたら良いけど、私は小心者なのでまだまだですわ-。

ブログネタを考えず、
ここ1ヶ月あまり、そんな事を日々考えて暮らしていました。

老猫介護で、散々泣いて落ちて、見送って、考えて、

人はどうあるべきなのか・・・みたいな事を考えあぐねていました。

ふうちゃんが旅立って、ひと月あまり過ぎた頃、
部屋に蜘蛛が出ました・・・
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
私はゴキブリより何より蜘蛛、それも家の中を徘徊する網を張らない大きな蜘蛛が大の苦手で、そりゃもう心臓がギューーーーーーっと縮み上がるくらい恐怖に震えてしまうのです!

それが、なんというか、

愛おしいと思えるようになりました。

ああ、お前も生きてるのよね。
姿形はちょっと苦手だけど、生命の火が灯っているのよね。
生き物の死を間近で見ると、やはり生命は大切に思えます。
踏んだりしないように、そっと窓から逃がしました。

なんか、
この夏、蚊もパチーン!とひっぱたけなくなりそうな予感・・・

それはそれで困るよなアタシ( ̄▽ ̄;)

そんな、日々を過ごしています。

おわり。

ふうちゃん、また、会おうね!

3月21日。
関東では季節外れの雪が降りました。


真ん中辺にうっすらピンク色の木が見えますが、雪に覆われた河津桜です。


その前の週には、春爛漫な暖かい日が続いたのに、この雪は一体。



そんな寒い日の昼下がり。

ふうちゃん、永眠しました。

↑写真は、亡くなる3日前の朝。(2018.3.18)
大好きな加とさんの毛布の上で朝日を浴びる。

動物病院での治療を終えて元気になって戻って来てから、13日。



奇跡はもう、起こりませんでした。



1日おきの点滴治療で、その直後は確かに元気になるのだけれど、帰宅すると黄色い泡を沢山吐いてしまうふうちゃん。
その様子があまりに辛そうだったので、散々悩み、考えた結果、治療終了を動物病院に
伝えました。

年齢も16歳と8ヶ月。
負担はなるべくかけずに過ごさせてあげて、と言うアドバイスを頂いていました。
やせ細った身体に太い点滴の針を刺すのも忍びなく、ふうちゃんが身も心も一番楽な状態、と言ったら、好きな場所で過ごすのがベストだと思いました。

本当にそれが最良の事なのか。まだ生命力はみなぎっているのかもしれないのに、治療を止めるのが一番良い方法なのか。

眠れぬ夜は続き、罪悪感と無念の思いに、心は激しく揺れ動いていました。

どうしよう。どうしよう。

暗闇に起き上がり、目が慣れてくると、傍らに折り畳んだ毛布の上で丸くなっているふうちゃんの白黒の毛色が浮かんで来ました。
静かに眠っている姿をボンヤリ見ていたら、

 

「もう、静かに旅立たせてあげよう」

そんな気持ちが湧いて来た途端、堤防が決壊するように涙が溢れて号泣。
泣いて泣いて、落ち着いた頃に、動物病院に手紙を書き、治療の終了と、これまでの感謝の気持ちを伝えました。

動物病院からもお返事を頂きました。
私の決断を尊重し、院長先生からの温かい労いの言葉が綴られたお手紙にまた涙が溢れました。

通院が無くなると、ふうちゃんは嘔吐もしなくなり、眠っている事が増えました。
若い猫時代は外を出歩いては野ネズミやモグラ、野鳥(但しキジ、カラスを除く)、リス、蛇などを捕って来てはキッチンのテーブル下でガツガツ食べてしまったね。
家には、それこそ寝に帰るだけの様な日々の生活を思い出すのでしょうか、1時間ほど眠るとふいに起き上がり、外に出ようと階段を転がるように降りて、玄関へと向かいます。

家族が後ろをついて周り、庭先にふうちゃん専用に作った「青空トイレ」に行き、用が済むと今度は畑の方を散策したりするのを、背後で見守り続けました(冬の夜はキツい・・・)

時々、足取り軽く階段を駆け下りる事もありました。
亡くなる2日前など、真夜中に起き出して、猫用出入り口(ふうちゃんが出ないように普段は角材で開かない様にして更に重い板で閉じてある)を弱った前肢でこじ開けて脱出、しばらく夜の庭を散策してまた家のコタツに戻る、と言う驚異的パワーを見せてくれました。
そういう事があると、まだ元気で治る見込みがあるのでは?と思うほどで、治療終了の決断は間違っていたのかもしれないと悩み、もう一度動物病院に連れて行かねばと焦る事も多々ありました。

少ないご飯も何とか食べていたけれど、やがて一切口にしなくなりました。
腎不全ゆえか、水だけは毎日沢山飲んでいました。
が、それも次第に量が減り、ついに飲まなくなったのは、亡くなる1日前。

雪の朝。
もう起きられなくなったふうちゃんは、手足を時々パタパタ動かす以外はグッタリしていました。

私はふうちゃんの頭を撫でながら、

「ふうちゃん、ありがとう。
よく頑張ったね。治療も沢山頑張ったね。
エラかったよ。強かったねえ。
もう、楽になっても大丈夫だよ。

ふうちゃん、出会えて良かったよ。
この16年、本当に、楽しかったね。
沢山たくさん、思い出があって、
私は幸せだったよ。


ありがとう。
うちに来てくれて。

ありがとう。
出会ってくれて。


また、会おうね。
また、お散歩しようね。

ふうちゃん、
もうじき、神様の所へ行ってしまうけど、


もし、もしね、

神様がふうちゃんに、

新しい毛皮をプレゼントしてくれたら、

また、うちにおいで。


また、一緒に暮らそう。

また、毎日楽しく過ごそうね。


待っているよ、ふうちゃん・・・」



そう語りかけると、
ふうちゃんはふいに顔をあげて、
私の顔をじいっと見つめました。
大きな目で、
ゆっくりとした呼吸に合わせて、

私の顔を見つめていました。



それが、

生きているふうちゃんを見た、最後になりました。




3月21日は春分の日で、
私はご先祖様用にぼた餅を作ったり、
親類の来客にお茶を用意するなどしていて、
2階で横たわるふうちゃんを見に行く間隔が少し開いてしまいました。

お昼の片付けをして(ふうちゃん、どうしてるかな)と2階にあがって様子を見た時には、もう呼吸は止まっていました。

窓の外には、真っ白い世界が広がっていて、
雪の日でも遊びに出かけたふうちゃんならば、そこは楽しい世界だったでしょうね。


我が家で代々飼っていた猫達は、
室内・屋外を自由に行き来して野山を駆け回って暮らしていました。
その為、具合が悪くなると山に入ってしまい、そのまま戻って来なくなって永遠の別れになってしまうのが常でした。

ふうちゃんだけは、手元で看取りたい。
最後の瞬間は腕の中で旅立って欲しい。

その願いは、またしても叶えられませんでした。

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4歳頃のふうちゃん。(2005年5月)
外遊びから帰って来て、玄関先でごろん。

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加とさんに抱っこしてもらうのが、何より大好きでした。(2005年11月)

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冬の朝は猫ベッドでうとうと(2006年元旦)


3月25日。
関東では上野公園の桜が満開になり、一気にお花見客が増えた暖かい日曜日でした。

私と加とさんは、ふうちゃんを荼毘に付す為に、県内の霊園に行きました。
患った期間が短かったせいか、
骨は年齢にしてはキレイに残りました。

16年前に、折れた骨を金属プレートで繋げる手術をしてもらいましたが、
そのプレートがそのまま残っていました。
骨がプレートを包み込むように成長し、折れた箇所をガードしていました。

このプレートがあったからこそ、
ふうちゃんは毎日野山を駆け巡り、木登りをし、高い場所にジャンプし、
狩りに明け暮れケンカを繰り返し、およそ猫が生涯に経験するであろう事を殆どやってのけてくれました。

あんな事も、こんな事も。
全ては足の骨が繋がってくれたから。
手術をしてくれた動物病院の先生には感謝してもしきれません。

ありがとうございました。


どこまでも広がる青い空。
ふうちゃんの魂は、軽やかに羽ばたいて行きました。

さよならは言わないよ。

 

またどこかで会えるよね。

 

また、会おうね! 待ってるよ!


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生前、ふう太には沢山のメッセージやコメント、お手紙、サポートを頂きました。
厚く御礼申しあげます。
我が家にはまだ、お騒がせなキジトラシスターズ(実姉妹じゃないけど)がおりますので、メソメソしてるばかりじゃいられません。
頑張ります。出来る範囲で。


彼女達のこれからも、また綴って行こうと思いますので、
どうぞよろしくお願い申しあげます。

ふうちゃん、再入院、そして。

ふうちゃん、16歳と8ヶ月。

白黒毛、オス。
2001年の秋に保護してから早16年と4ヶ月。
腎不全が悪化して、入院したのは去年の暮れ。

基礎体力が平均以上なのか、
あっと言う間に腎機能の数値を正常値に戻して退院。

がしかし、年齢を考えれば再び数値が悪化する可能性は高い訳で。

そして、やはり再び悪化しました。

血液検査による腎機能の数値BUNが最大値140超えとなり、緊急入院。
「これはもう、腎不全の末期状態なので、乗り越えられないかもしれません」

乗り越えられない。すなわち、永遠のお別れ・・・

いつかはそんな日が来ると思っていたけれど、急にそれが目の前にやって来た。

獣医さんの言葉が、右から左に抜けて行く。
頭ではとても冷静なんだけど、心臓の鼓動はどんどん速くなる。
目の前で不機嫌そうな顔でうずくまるふうちゃんの頭を撫でる。
「ニャ・・・」と、小さく鳴くふうちゃんの声に胸が詰まって泣きそうになる。

ダメかもしれないと思いつつ、でも頭の片隅では
「きっと良くなってすぐ退院だわ」と根拠の無い確信がチラチラ光る。

「とりあえず、3日。3日が勝負です」

3日頑張れたら、また乗り越えられるね。←もう乗り越えるもんだと思ってる。

ふうちゃんを獣医さんに託し、病院を出た。
駐車場に、勤め先から駆けつけた加とさんがいた。
加「どうだった?」と聞く加とさんに、
私「かなり危ない。余命3日かもしれない」

「・・・・嘘だろ?嘘だよ!そんな訳ないって!!」と叫ぶ加とさん。

頭の隅では大丈夫だと思っているのに、ここで涙腺が崩壊。
駐車場で号泣する私。立ちすくむ加とさん。


とりあえず、家に帰ろう。
まずはふうちゃんの頑張りを信じよう。



車を運転しながら、
拾った日の事を思い出した。

か細い声で後ろ脚をズルズル引き摺りながらヨタヨタ歩いていたふうちゃん。
顔から耳から、かさぶただらけで、やせ細った小さな身体。
それがあっと言う間に5kg超えの大きな猫になり、
ムササビやらハトやらコウモリやら野ネズミ、野ウサギ、
ありとあらゆる獲物をハンティングしてきた。
ケンカも絶えず、
ボス猫はもちろん、タヌキやハクビシン、アライグマと異種格闘技戦を繰り広げ、
アライグマの爪で顔をザックリ裂かれて何針も縫う大ケガ。
頭に大穴を開けられた事もあったね。

マムシにちょっかい出して噛まれてショック症状に陥ったり、
他所様の畑に入り込んで農薬を浴びて中毒症状で意識不明になったり、
ヒキガエルを噛んで泡を吹いたり、
ムカデの毒で前肢がゴルフヘッドみたいに腫れ上がった事も。

色んな事を全て乗り越えてきた。
その驚異的生命力には獣医さんも驚いた。

だから、今回も大丈夫、大丈夫。

そう思っていても、涙が止まらず、何年ぶりかで声をあげて泣いた。
ふうちゃん、ふうちゃんと名前を呼びながら、慟哭。

泣きながら運転し(危ないなあ)やっとの思いで帰宅。

翌朝はボクサーみたいに目が腫れ上がっちゃって大変でした(^◇^;)

そして。。。



集中治療室での点滴治療が徐々に効果を現し、数値が下がり始めたのは2日後。
みるみるうちに、数値は正常値に!

面会に行くと、すでに集中治療室のケージで怒ってるふうちゃん。
獣医「ご飯が気に入らないんですよぉ(^◇^;)すごい食欲です!」


(*゜д゜*)

 

 

獣医「もうね、驚異的な生命力ですよ!」


(*゜д゜*)



ふう「ニャーッッ!!ニャーッッ!!」
 訳(俺にこんな不味いメシを食わせるのかお前ら!!!)

 

処置台の上に移してもらうと、怒った顔で私達にまた鳴く。
「ニャーッッ!ニャアアーッ!ニャアアーーーーーッッ!!」
 訳(お前ら、何こんな遅いバンメシどきに来るんだよ?!あぁ?俺を連れて帰るのか置いてくのかどっちだこの野郎!)

「そりゃー君、まだまだ治療が必要ですからしばらくおつとめに励んで下さいよ」
翌日は休診日なので翌々日にまた面会に来ます、と獣医さんに告げ、
加「ふうちゃん、明後日また来るよ」と言った途端!


(ああそうかい、連れて帰る気なんかねーんだな、解ったぜ。ぷんぷん)

ふうちゃん、なんと、自分から処置台を降りてそそくさとケージに戻ろうとしました!


(゜ロ゜屮)屮 そこにいた一同、呆然!


ふうちゃんを長年診てくれた院長先生が仰天しながら、
「日本語を理解しているのかしら?すごいわ!すごいねふうちゃん!」
と、絶賛しておりましたよ・・・

そしてケージに戻るとまた怒る。今度は獣医さんに向かって。
「なんだよ!この餌は!もっと美味いメシを出せってんだ!この野郎!」
 人間で言うところの、ちゃぶ台ババーン!状態、でしょうかw

獣医「ああゴメンゴメンふうちゃん(^◇^;)まだご飯を変えてなかったね!汗」
あわてて、餌と水を違うものに変える獣医さんとスタッフさん。

 

センセ、下僕になっとる・・・(;゜ロ゜)

そして、数回の面会ののち、

8日目に退院しました!
しかも元気いっぱいで、病院に連れてった日より、丸々としてるし・・・

早速、食欲旺盛であっと言う間に猫缶を1個半完食。

本来なら腎臓用の療法食を与えなければいけないのですが、
ふうちゃんは全く食べてくれず、病院でも全然受けつけない。
どんなにお腹が空いていても、嫌いなモノは絶対食べないのは、保護した時から変わりません。
栄養失調が改善するように、子猫用の高い高い缶詰を買って食べさせようとしたらそっぽを向かれてしまいました。
(人間用ツナ缶の何倍も高いのにヽ(;▽;)ノ)

なので、食事制限は中止。代わりに腎機能改善のサプリメント(これも高額)を朝晩与える事に。


今朝も早くから、ニャーニャーニャーニャー、美味い物を食わせろと鳴いております。

ああ、こうやって振り回される日々がまた始まる。
大変だけど、元気でいてくれる事の幸せ。

いつかは、別れる日は来るけれど、
その日が少しでも先になりますように。

ふうちゃん、
戻ってきてくれて、ありがとうね。

 

またお散歩に一緒に行こうね!

昨年、満開の桜を見ながらの林道散歩。

うろうろ日記。

火曜日は都内をウロウロしています。

用事があって出かける事が大半ですが、何の用事もなく都内に行く事もあります。
先日も、書店にこもって物色しようと思っていそいそと大型書店を目指しました。

一番欲しいな、と思ったのは、 

広辞苑 第七版(机上版)

広辞苑 第七版(机上版)

 

 広辞苑

辞書って好きなのです。
小学校の時に買ってもらった「こくご辞典」が当時の愛読書で、暇さえあればページを繰っておりました。編者は確か金田一京助先生だったと思います。

オトナが使う辞書と比べたら、挿絵や写真が多くて図鑑の様でもありましたが、子供が持つ「知りたい」気持ちに答えてくれる先生の様な存在でした。

大きな辞典が欲しいなと思っていた頃、母方の叔母が結婚して、引き出物がなんと、
「広辞林」という、分厚い「オトナの国語辞典」でした!

もー、嬉しいのなんの(笑)
広辞苑よりやや薄くて、三省堂書店から出版されているものです。

その後、辞書熱はしばらく冷めてしまいましたが、数年前に読んだ、 

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

 

これを読んで、辞書って凄いなとかまた熱が上がってきたのですが、
置き場所とか買うタイミング(なにしろ重いしデカイし)を考えて、まだ躊躇しています。

広辞苑も、新版が出たばかりですが、すでに修正箇所もいくつか出てきたようなので、
買うとしても、改訂版待ちですな。。。。

で、何を買ったかと言えば、 

人生の旅をゆく 2

人生の旅をゆく 2

 

 ホントに久しぶりに手にとったよしもとばななさんのエッセイ。
彼女の紡ぎだす文章がとても好きで、年齢も近いこともあって「キッチン」「哀しい予感」「白河夜船」「TSUGUMI」など立て続けに読んだものです。

やっぱり、似たような思考の持ち主の文章は読みやすく感じるし親近感がわきます。

10代の頃は向田邦子さんのエッセイや小説が大好きで、向田先生の美的感覚や美味しいものへの飽くなき探究心に、読むたび心酔したものです。
高校3年の時に読んだエッセイは宝物でした。 

新装版 眠る盃 (講談社文庫)

新装版 眠る盃 (講談社文庫)

 

 20代になって、出会ったのがよしもとばななさん。 

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)

 

「キッチン」は何度も読んで、
冬の冷たくて重たい夜空に、小さくポツンと輝く一番星に出会えた様な、感動がありました。

全作品読んでいる・・・訳じゃないのですが(^_^;)
時々読みたくなるんですよねえ〜〜

気がつけば、お昼になってる!
どこでご飯にするか・・・
行ってみたのがコチラ。

dompierre.jp

野菜カレーを頂きました。
大きな野菜がゴロゴロ入っていて、美味しい欧風カレーでしたよ。

ルーがグツグツです。猫舌の方はご用心。

その後、イケセイのロフトで便箋など物色。
最近は、文章を書く、と言うとパソコンでキーをパチパチ・・・・が多くなりました。
あ、この文章もそうです。

でも、本当は紙にペンで文字を書くのが大好き。
日本人は筆記用具で文字を書く事がめっきり減ってしまいました。
学生のテストもマークシート方式などで、文字を書かない。
手書き文化は書道という芸術の世界でしか残らないんじゃないだろうか・・・
そんな事を危惧してしまう今日このごろです。

便箋と封筒を買い、地下でフランスパンを買い、地元へ向かう電車に乗りました。

こんな、どうでも良い一日が、年に数回あります。
何もない一日をウロウロする事で消費しました。

ビルの谷間に見え隠れしているオレンジ色の夕焼け空を電車の窓からぼんやり眺めつつ、
明日はまた仕事だなー、とか考えてる私。

そして群青色の夜が来る。

ウロウロ、楽しかったです★

人生のらりくらり。

2018年、明けたと思ったらすでに1週間経ってシマタヨ!!
色々と慌ただしい1月、アクセルを少し強めに踏まないとミッションが終わらない。
自分で自分を忙しくしているだけなのに、ついつい周囲や環境のせいにしてしまう私です。

年末年始はバタバタしているうちに通り過ぎて行きました。

暮れの大掃除&おせち作りは毎年の重労働で、
黒豆やら栗きんとんやら、砂糖を大量に消費するおせち料理を次から次へと作り倒し、
ガキ使も紅白もろくに観ぬまま、最後に洗い物を大量に食器乾燥機にブチ込んで、

私の年末はオワタヨ!\(^O^)/

終わったら、寝る!

紅白、どっちが勝ったって?知らんわ!

ガキ使のゲストは誰?知らんわ!

除夜の鐘?知らんわ!

 

もーーー、寝るっっ!!!!


気がついたら、午前零時。
うわーっ!Σ(・□・;) 年が明けちまった!!

傍らでぐうぐう寝ている加とさんをゆすり起こし、

「ねえ!年が明けちゃったよ!新年だよ!しんねん!」

加「んが・・・おへれほ(おめでと)・・・」
 「くかー」(また寝ちまった)

しょーがない、私も寝る(コテン)zzz

 

とまー、こんな調子で、2018年は慌ただしく我が家にもやって来ましたよ。

年末年始の顛末はコチラに書いた通り。

2018年は、これまで培って来た事や経験したことを次のステージに活かして行く事になるそうで(某占いの鑑定)次のステージって何だろうな?と思いつつ、これから起こる出来事へのワクワクや未来へのそこはかとない不安を味わいつつ、受け容れていこうと思う今日この頃です。

絵も描いたり、
本も読んだり、
映画も観たり・・・・

お正月三が日は、クリストファー・ノーラン作品の「ダークナイト三部作」を観てました。 

バットマン ビギンズ [Blu-ray]

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いやー、ノーラン監督はスゴいわー。
インセプション」を観た時はさほど衝撃を覚えなかったんだけどなー。

 

撮りためたドラマも視聴しました。
最近気に入ってるドラマは守人シリーズ!

www.nhk.or.jp

映画やドラマを見て楽しむ事の理由を考えた時、
苦難にさらされる主人公と同化して、勇気やパワーをもらう事なのかなって思いつきました。

もっとも、絶対に追体験したくないレベルの苦難だけど(笑)

 

今年もまた面白そうな映画やドラマや本を見つけて楽しもう。

2018年の抱負は、そんな感じでゆるく楽しく生きられたらなと思います。

今年もよろしくお願いいたします☆