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かじかのつぶやき

絵を描き 写真を撮り 本を読み 猫と遊ぶ ときどきお仕事な日々。。。

夏の思い出

日々の事

今年も暑い暑い夏がやって参りましたね(え?もうとっくに来てるだろってか?w)

子供時代、長い夏休みを遊び倒した日々を思い出しました。

6時半から始まるラジオ体操を、畑の間に伸びる細い道をゴム草履で走り抜けて、朝露で足がびっしょりになったこと、

夕方の裏山で大合唱するヒグラシを捕ろうと虫かご・虫捕り網を持って行ったら、40匹も捕れちゃって困ったこと、
(翌朝、全部死んでしまったこと・・・)

川を堰き止めて泳ぎ場を作り、近所の子と一緒に泳いだけど、水が冷たくてすぐに唇が紫色になってガタガタ震えだしたこと、

雷が鳴り始めると、祖父母は蚊帳を吊って仏壇に線香をあげ、雷雲が過ぎるのをじっと待っていたこと・・・・

などなど。
どれもささやかな日常の一コマでしたが、忘れることなく覚えていました。

更に記憶に残っているのは、
当時(昭和40年代)、玄関扉の内側に吊した寒暖計で気温調べをしていましたが、一番暑かったのは8月の旧盆の頃にあった30度で、普段は25~28度が最高気。
最も低かった日は、7月の梅雨明け直前の頃で、20度前後しかありませんでした。

それが今はどうでしょう。
体温超えの気温が普通にあるんですもんね。
今まで、我が家にはゴキブリさんなど見かけた事もなかったのに、ここ数年は台所や物置などで数匹見かけるようになりました。

昨年はついに、クマゼミが庭の池のそばで鳴いていました。
クマゼミと言えば、西日本のみに棲息している蝉だと思っていましたが、温暖化で生息域が東に拡大しているようです。
屋久島を訪れた時、大音量で一斉に鳴いているのにしばし呆然(笑)
(関東にいないからまだしも)などと思ったけれど、すぐそばまで来ているようで( ̄▽ ̄;)

昨日(日曜日)も、洗濯物を干しているとき、背中にあたる直射日光の「熱さ」におののきました。
まるでヒーターを間近で当てられているような「熱」の感覚に、ここもいつか温帯から亜熱帯になってしまうんじゃないかなとさえ思いました。

そんな猛暑続きの毎日ですが、
冬と比べたら夏の方がずうっと好きなのです。何度も書いてますがw

冬は嫌い。夏の方が好き。たとえどんなに猛暑でも。
今年の2月の豪雪で、さらに冬嫌いが加速しました(笑)

暑さと寒さでは、人間の命を脅かすのはどちらだろう?


ニュースを見ると、熱中症や水難事故で毎日どこかで人命が失われています。
やはり日本人は寒さより暑さで命を落とす事が多いのかな。

加とさんは暑いより寒い方が好きだと言います。
「寒かったら、着ればいいんだもん。暑いと脱げばいいけどなかなかそういう訳にいかないしなあ」

まぁ確かに(笑)
度が過ぎるとお巡りさんに捕まります(笑)

そんなでも、やっぱり私は夏が好き。
昼間が長くて、動植物が活発になる夏が好き。
(大嫌いなクモも活発になるけれど)

血行障害があって、毎冬かならず足指にしもやけが出来る私は、素足で歩ける夏が好き。

暑がりな私は、冷房が効いた屋内に入ると幸せな気分になります(安上がりなw)。
都会のデパートに入った時にヒンヤリした空気を感じ、夏はこれがあるから好きだわ~などと思ってしまうのでした(笑)

とは言え、冷房の冷気にあたり過ぎるのは不健康ってことも一応わきまえています。
大体、基本冷え性なんですから、冷やし過ぎが良い訳ない。
そう思いつつも、乗った電車の車両が「弱冷房車両」だとちょっとガッカリ。

父がとても暑がりなので、似たのでしょうね。

暑い夏。

あの日も暑かったなぁと、今思い出した事があります。

小学校6年の夏休みでした。
旧盆も過ぎて、そろそろ宿題をまとめないといけない時期だった気がします。
早朝から蒸すような暑さが続き、昼過ぎになって厚い雲が広がってきて、夕立のにおいを感じる午後3時頃だったと思います。

当時、子供達は林道沿いにある古い薬師堂の庭に集まって遊ぶのが楽しみでした。
その日も、薬師堂の古びた濡れ縁に腰掛けて足をブラブラさせながら、とりとめのない話をしていたのでした。

そろそろ降り出すかな、と思い始めた時、一人の痩せた男性が薬師堂の庭に入って来ました。

見かけない顔でした。
30度近い暑い日なのに、長袖、厚手の灰色の作業服上下を着ていて、足下は素足にゴム草履。
坊主頭で手ぶら。青白い顔で年齢は30代後半から40代くらいだったでしょうか。

男性は、濡れ縁に腰掛けていた私たちの前に佇み、

「ここは・・・どこですか?」

と尋ねてきました。

思わず、子供同士で顔を見合わせましたが、
「ここは○○です」と答えました。

すると男性は、
「埼玉の・・・○○市ですか」と再び尋ねました。

いやいや、ここは飯能市ですって。飯能の大字※※、字○○です。

なので、
「いいえ、ここは飯能市です」と答えると、男性はうつむき、

「そうですか」とだけ言うと、薬師堂の庭を横切り、そこから山の奥深くへと続いていく細い細い山道を歩いて行きました。

子供達はあっけにとられて、山の中へとゆっくり消えていく男性を見つめていたのですが、怖くなってしまい走って家に帰りました。

家に帰り、私は祖母と母にその出来事を話して聞かせたのですが、
「きっとハイキングだろう」とか「▼▼に来た親類だろうよ」と言い、笑って聞き流されました。
※▼▼とは○○の隣にある集落で、山道を越えていくと▼▼に行ける様になっています。

帰宅してしばらくすると、外は雷雨になりました。
乾いて熱を帯びた世界が一瞬にして水浸しになるような大雨でした。

あの人はどうしただろう?
私は気になって仕方ありませんでした。

その後、その人に再び会う事はなかったです。
変な噂も情報も流れませんでした。
(山中で変死体発見とか、逃亡した指名手配犯捕まる、とか)

あれは一体誰だったのか。
というか、
私たちはそんな人に本当に会っていたのかな。
幻だったのかもしれないな、と最近考えるようになりました。

子供時代はそうした「オトナの目には見えないもの」を見る事が出来る時期もあるようで、もしかしたら、私たちはそういう「さまよえる何か」と交信したのかもしれません。

単なる妄想かな(笑)

あの頃よりずっと暑い夏。
もう、私の目には見えないのかもしれないけれど、
「彼」が目的地にたどり着けたかどうか、その後どうやって山を越えたのか、知っている人がいたら教えて欲しいな、と今も思っています。。