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かじかのつぶやき

絵を描き 写真を撮り 本を読み 猫と遊ぶ ときどきお仕事な日々。。。

お茶の水で過ごした日々

今週のお題「新生活」

たまには↑↑ お題に挑戦いたしますよw

新生活、というと30年以上前に入学したお茶の水の某デザイン学校の事を思い出します。

自宅から2時間半かけて都内への通学。
それは田舎でくすぶっていた私にとって、とても刺激的な日々の始まりでした。

もうね、入学式から刺激的(笑)
中野サンプラザで入学式だったんですが、場内が暗くなったと思ったところでいきなり鳴り響いたメロディが、
「トッカータとフーガ」という・・・

J.S.バッハ トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565 - YouTube
暗黒の未来を暗示するかのようなプロローグに思わずドン引きw
客席に座った新入生達からはクスクス笑いとヒソヒソ声がわき上がりましたよ(笑)

通い始めると、面白かったり驚いたりな日々が続きました。

4時起きして5時台の電車に乗り、ラッシュという猛烈な混雑を初体験。
スケッチブックが折れ曲がり、足が片方浮くわ酸欠になるわオヤジサラリーマンに肘鉄を食らうわ、18の田舎娘には泣きが入る洗礼でしたが、それもすぐに慣れました。

西武線と地下鉄を乗り継いでお茶の水駅に着くと、駅前の交差点ではすぐ近くにある某大学のサヨク学生がヘルメットを被りマスクをしてハンドマイク片手に演説しています。
勧誘をしている学生もいます。
今、あの当時の様なサヨクの学生さんは見かけないですね。地下に潜ったのか絶滅したのか解りませんが。。。

いつだったか、駅前スクランブル交差点で信号待ちをしていた時、道路の向かい側で演説していたサヨク学生さんの車めがけて、黒塗りの菊の御紋が入った街宣車が突っ込んでいった事がありました。
街宣車のスピーカーからは、男性の歌う勇ましげな曲が流れ、停まった車から飛び出してきたのは革ジャンやつなぎを来た強面の男性陣。
彼等が持っていた、細長い木の棒みたいなのは・・・あれは今思えば、木刀だったのかな、日本刀の鞘だったのかな(怖)

駅前側で信号待ちしていた人達の中から小さい悲鳴も上がりました。
が、サヨクの学生さん達の逃げ足の速かった事!
あっと言う間に車に乗り込み、走り去ってしまいました。
はす向かいの交番からおまわりさんが飛び出して来たり、応援のパトカーもやってきたけれど、遅いですよ警察の方々。
全てはあっと言う間に終わってしまったから。

学校までの緩いダラダラした坂を上って行くと、右側には日仏会館、左側には外語学校のアテネ・フランセ
一つ角を曲がると、駿台予備学校文化学院の古い建物がありました。

急勾配の石段は男坂と女坂。下った先には小さな公園もあって、近くには最近火災発生のニュースになった山の上ホテルもありましたっけ。

坂を上りきり、下り始めた所に私の通ったデザイン学校がありました。

造園デザインと言っても、現場に出て植木を剪定するなどの作業技術を学んだ訳じゃなく、公園や庭のデザイン、図面の引き方の技術を習得しました。
1年生の前期はどのデザイン科も同じようにデッサンや色彩学、平面構成などの授業で、後期と2年で専門的な技術を学びます。

図面などは今ではCADで誰でも完成度の高い図面を作成出来ますが、当時は製図用シャープペンシル(0.3mm)やホルダーという、鉛筆の芯部分を削って差し込んだシャーペン状の筆記具を使って、微細な線をいかに美しく正確に書けるかが重要でした。
1ミリ幅の空欄に10本の線を引くとか、今だったら絶対無理(笑)な作業も散々やりましたね。

造園設計事務所で図面トレースのバイトもして、細くて正確な線を書く事に情熱を燃やしました。

あの頃の細かい描き方が、今の色鉛筆画のチマチマ描きを生んだんだと思います。

CAD全盛の今、もう一度ホルダーとトレーシングペーパーを使って平面図とか断面図、立面図を描いてみたいなぁと思います。
ゼロから描くのは無理だから、トレスで(笑)
あと、パースも。イラストボードに描いて、水彩絵の具で色づけするのですが、いわゆる水彩画という訳じゃないから、塗り方も独特だったし、新鮮でした。

そうした部分をもっと専門的に学びたかったな、って今頃になって思います。
19かハタチの頃はやらされてるって感じだったけど。

そして山の様な課題。
トッカータとフーガは、その課題と格闘する未来を暗示していたのでしょうね(笑)
ホント、たらりぃ~~♪でしたから(笑)

お茶の水の風景も大分変わりました。
貧乏そうな学生があちこちを歩いていた街並みは、スーツ姿のビジネスマンが闊歩する街へと変貌を遂げたようです。

コンビニが無い頃にあった、7円コピーの店とかおどろおどろしい漫画を売っていた書店も、もうありません(笑)

あのダラダラした坂をもう一度上ってみようかなあ。
きっとどこかに、あの頃私達が置き忘れてしまった小さな思い出の欠片に出会えそうな気がするのです。。