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かじかのつぶやき

絵を描き 写真を撮り 本を読み 猫と遊ぶ ときどきお仕事な日々。。。

ハガキで綴る思いやりの心〜後世に残したい習慣

正直言って病気ネタでブログを書くのはもう、ウンザリしてます。
読んで下さる方だって「また持病ネタ?」と思われるかも知れませんね。

すいません。
でもついつい、そっちに流れてしまう。
それだけ、病気ってのは普段の日常を簡単に書き換えてしまうものなのですね。
来年は病気ネタじゃなく、読んだ本や日々思う事などをもっとネタにしたいと思っています。


今年は珍しく、年内に年賀状が出せました♪
ここんとこ何年も、お正月休みに書くのがデフォになっていましたので、元旦必着とはいかないまでも、年内に書いて投函出来たってのは、私的には凄い事だったりします(笑)

昔は、一枚いちまい、水彩でイラストを描いていました。
全部絵柄が違うのよ!すごいっしょ!(と、自画自賛w)

最近はもうずっと、白紙のインクジェット紙。
不本意と思いつつ、年賀状ソフトで絵柄を選んでプリント。

せめて絵柄くらい自分で描いたものを使えばいいのにと思うのですが、なかなかそういう余裕が生まれてこない。
ついつい後回しにしてしまうから。

と言うか、
年賀状制作を後回しにしちゃうのは、何も私だけじゃないですね。
年賀状そのものも、出さない人が多くなっています。
そういう形骸化した人付き合いにNO!と言う人もいれば、
携帯電話やパソコンのメールを送る事で年賀状代わりにしてしまう人もとっても増えた様です。

それならば、うんとお手軽。
1通ごとにかかる料金などないし、ものの数秒で世界中に届けられる。
時短社会ならではの新しい交流のしかた、と言えば聞こえはいいかもしれませんね。

でも。
年賀状ってのは、本当はもっと心のこもった、暖かい心のやりとりだったはず。
インクジェット紙でガッチャガッチャと印刷しちゃう私に偉そうな事は言えないけれど、年賀状にしろ暑中見舞いにしろ、普段顔を合わせる事が少ない大切な人へ、お互いの近況を報せあい、いたわり合う為の便利なツールだったのではないでしょうか。

一枚いちまいに、送る人の笑顔を思い浮かべながら言葉を選んで綴り、元旦の日に届ける事でその年一年をまた無事に過ごして行きましょうと伝え合う、日本ならではの「思いやり文化」なのだと、私は思います。

それが段々、社交辞令になり単なる風習になり、同じ言葉をあらかじめ印刷してばらまく様に送り続ける。
そしてそれさえも、ネットの普及により廃れていく・・・

スーパーや市場、駅の片隅で年賀状を売る郵便局員さんをあちこちで見かけました。
見た感じではあまり売れてない様子。
コンビニにも大量に並べられた年賀ハガキ。
いつ見ても減ってる様に見えない。

年賀状や暑中見舞い、手紙などで交流する事が減っていけばいくほど、人と人との交流がどんどん薄っぺらいモノになっていく。。。

そんな気がしてなりません。

私は元々手紙大好きで、年賀状や暑中見舞いを書くのもすごく楽しみでした。
昔はキチンと元旦に届くように、12月初めから準備して、一枚ごとに違う絵柄で絵を描いて投函していました。
それが今では本当に億劫になってしまって・・・

これじゃイケナイな、と思いました。

「年賀状なんて紙の無駄。今はネットでやればいいし、年賀状交換の必要性もギモン」
そういう声も聞かれます。
確かにそうかもしれない。そういう考え方も間違ってはいないと、私も思います。
が、一方で、
年賀状が紙の無駄なら、毎日の様に発行され、売れないと処分される書籍や雑誌や新聞のたぐいだって紙の無駄だとも思います。

年賀状って、日本だけの風習なんでしょうか?
アジアの他の国や西洋諸外国にも同じような事をする習慣があるのでしょうか?

人とは、その漢字の通り、支え合って生きる生き物。
そのためには、常に暖かい思いやりの心を失わないためにも、季節の挨拶状の習慣くらいは後世に残しておきたいなと、切に思います。